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グランジオルタナティブを追ってみたら・・・目次
大好評企画だった?
この企画、目次をつけてみました。
見たいあなたはわざわざ下から見なくても済むというすぐれもの!
これであなたもアメリカンロック通?
ちなみに情報のほとんどは、他のホームページや本から得たものを
自分なりに噛み砕いて書いたものですので、あしからず。

その1
1982年のロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=300
その2
1984年のロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=306
その3
1985年〜1988年メインストリーム
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=308
その4
1985年〜1988年アンダーグラウンドシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=307
番外編
80年代のアメリカ経済
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=316
番外編
REMの快挙
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=310
番外編
スラッシュメタル
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=311
その5
1988年〜1990年メインストリーム
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=314
その6
1988年〜1990年アンダーグラウンドシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=313
その7
1990年〜1992年メインストリーム
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=317
その8
1990年〜1992年アンダーグラウンドシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=318
その9
1992年〜1994年
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=319
番外編
女性ロッカーの台頭
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=320
番外編
90年代パンク
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=326
番外編
オルタナバンドの憂鬱
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=321
番外編
オルタナバンドの憂鬱2
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=322
その10
1994年〜1996年のロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=323
その11
1996年〜1998年のロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=324
その12
1998年〜2000年のロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=325
その13
2000年〜2005年ロックシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=327
その14
現在のメインストリーム
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=348
その15
現在のアンダーグランドシーン
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=343
最終回
まとめ
http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=328


posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・最終回

やっと最終回!
これまでのまとめです。

アメリカで1991年、
ネバーマインドが起こったその約10年後、
日本でもインディーズシーンが活性化し、似たような状況が起こるかと思われました。
ハイスタンダードやハスキンビーといったメロコア勢
バックドロップボムやドラゴンアッシュなどのミクスチャーロック、
ブランキージェットシティー、ミッシェルガンエレファントなどのガレージロック勢
などがチャートに入るようになり
当時の僕は「とんでもない事が起こるかもしれない」とワクワクしたものです。

しかし、結局はなにも起こらずじまい・・・。

当時の日本のインディーバンドは優れていたバンドが多くいたものの、
やはり、アメリカのバンドほどのパワー不足はいなめず、
その後、こいつは金になるとわかったメジャーレーベルが
しかけたオレンジ〇ンジのようなアイドルバンドが出てきて、
ブームに乗っていただけの多くのファンは混乱。

サマーソニックでは、ミーハーな人々らが
「楽しければ、なんでもいいじゃん」とばかりに
オレンジ〇ンジのライブで、なんとモッシュやクラウドサーフィンまで起こす始末。

ビリーコーガンの言葉を思い出しますね。

「3,000人を前にすれば、オルタナティヴに入れ込んでいる
3,000人のために演奏することになる。
ところが30,000人を前にすると、オルタナティヴが好きな3,000人と、
オルタナティヴをテレビ番組でも見るように眺める
27,000人のために演奏することになるんだ。
それに気づいたときは、かなり愕然としたよ」

その後、結局日本のインディーバンドは衰退していき
残念ながら革命が起こることはありませんでした。



さて、
こうして、1981年のMTV開局から現代までのアメリカロックシーンを追いかけてみて
感じることは、

まず、スケールのデカさ・アーティストの音楽や自分の主張に対する真剣さ
それを受け止めるオーディエンスの音楽に対する真剣さ、
が日本にいる俺としてはもの凄くうらやましいしあこがれるということです。

派手にやりたければ、とことん派手に!
ダークなものが作りたければとことんダークに。

白が出てくればかならず黒がでてきて
それがまた交じり合い新しい色を作り出す。

悩み多きものはそれを作品にあらわし伝える。

と言う、ロックの自然な姿がそこにはあるような気がしますし
だからこそ言葉が通じなくても音だけでリアルに感じられる。

自分はメインストリーム派かアンダーグラウンド派か
商業主義か反商業化か、と言う以前に
アメリカの音楽のこれほどのドラマチックな歴史や
とてつもなくポテンシャルの高いアーティストの存在がうらやましくてしかたがありません。

わざとらしい正論がかったうそ臭い恋愛や友情ばかりではなく
間違っているかもしれないが俺は「こう思う」と
政治問題や社会問題など多種多様のさまざまな問題を
音楽で堂々と表現、主張するアーティスト達がいて
それに共感する人々がいるということは、本当に素晴らしいことだと思います。

しかし、それらの音楽ができる裏にアメリカ社会の混沌とした、
格差社会や生活の背景があることも忘れてはならないことを付け加えておきます。


その後の彼ら・・・。


さて、こうして数々のバンドを紹介してきましたが
その後の彼らは一体どうしたのでしょう?


ヴァンヘイレン(その2で紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=306
1985年、ボーカルのデイヴィッド・リー・ロスが脱退、
その後ボーカルにサミーヘイガーを迎え、再び全盛期を迎えますが
エディーヴァンヘイレンが癌になりバンドが休止状態に、その後復活し
ベースに息子のヴォルフガング ヴァン ヘイレンを迎え、
更に最近デイヴィッド・リー・ロスの復活を発表、にわかに活気づいています。




バッド・ブレインズ(その2で紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=306
黒人ハードコアバンドの彼らは今年フジロックに登場!
健在ぶりをアピールしました。



LAメタル勢・・・
(その3での紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=308
(その5での紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=314
90年代に衰退し、パロディーにされるような扱いをうけていた彼らですが
2000年代に入り数々のバンドが再結成!
すっかり親父になってしまった彼らは最近
オクラホマで行われた、
その名も「ROCKLAHOMA(ロックラホマ)」(ダジャレかよ!)というフェスに大集結!
大きな話題になりました。



ガンズ・アンド・ローゼズ(その5で紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=314
アクセルのわがままな行動に他のメンバーは愛想を尽かしてしまい
メンバーは次々と脱退。
ついに正式メンバーはアクセル一人に!
その後、なんと17年ぶりとなる新作「チャイニーズ・デモクラシー」を発表!
1曲の制作費1億円というとんでもないアルバムでしたが、
初登場は3位とセールス的には期待された売上を上げられず芳しくありませんでした。



パールジャム(その9で紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=319
メインストリームでの成功に困惑した彼らですが、一枚目でやっていた
インタビューやプロモーションビデオを一切やめ、ライブやアルバムだけで活動していき、
その後、オルタナブームが去ったあとは、またインタビューやビデオを再開するなどして
バランスを保った活動をすることに成功しています。



アリスインチェインズ(その9で紹介http://calling-sarah.jugem.jp/?eid=319
メンバー全員が麻薬の逮捕歴があるバンドですが、
ついにフロントマンのレインがドラッグのオーバードーズで死亡、
バンドは解散しますが2009年賛否両論が飛び交う中、
新たなボーカリストを向かえ再結成を果たしました。




しかしまぁ、3回くらいで終わらすはずだったのに
偉い長くなっちゃったこと、
90年代前半はできるだけやめようとは思っていたものの
結局カートを中心に扱ってしまったのは反省ですね。

総括!
グランジ・オルタナティブを追っていたら、はまりすぎて中毒になった!






posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その15
さて、再びエンターテイメント的なロックが売れはじめた
アメリカロック界ですが、CMJカレッジチャートは今も健在。
メインストリームとは関係ないマイペースな活動をしているバンドは今もいます。

アンダーグラウンドの現在はというと?

The Pains Of Being Pure At Heart

ニューヨークの男女混合4人組バンド。

My Bloody Valentine「Paint A Rainbow」を
フェイヴァリットと公言するそのサウンドは、
90's男女混声インディー・ポップの良質な部分も取り入れたシューゲイザーサウンド
シューゲイザーとはフィードバック・ノイズや深く歪ませたギターサウンドのこと)
は一括りできない魅力を放っています。

初めYO LA TENGO やYeah Yeah Yeahsを
紹介しようと思ったのですが
CMJカレッジチャートを覗いてみたら面白い現象がおきていました。

このThe Pains Of Being Pure At Heartのように60年代を意識した
バンドが数多く出てきていたのです。

The Sky Drops

こちらもシューゲイズ系男女ユニット。
情報が少なくワシントン出身と言うことしかわかりません。(涙)
ほかにもThe RAVEONETTES など
60年代を意識した男女混合バンドなどが
数多く活躍しています。

Jay Reatard


メンフィス出身。
アル中の父親と凶暴な継母に怯えて、押入れに閉じこもりながら
思いついたメロディーを口ずさんでいたという幼少期を乗り越え
中学を退学して15歳の時に作ったデモテープがレコード会社の目に止まり契約。

アメリカカレッジパンク界注目の彼ですが
なんとライブは毎回20分で終了してしまうそうです。


Death Cab for Cutie- Crooked Teeth 2005年発売「Plans」収録
今、最も活躍しているUSインディーバンド。

1998年ワシントン州カレッジ・タウン、ベリングハムにて結成。
叙情的なメロディと切なく儚げな歌声と
アグレッシブなギターサウンドが特徴的な4人組です。
バンド名を
日本語に訳すと「かわいい子には死の車を」って恐ろしい!

会場は綺麗でも、荒い演奏・センスがいいとはいえない安そうな服。
やっぱりこれでこそオルタナって感じですね。


次回はやっと最終回!
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 18:10 | comments(0) | trackbacks(0) |-
オルタナティブ・グランジを追ってみたら・・・その14
そして現在・・・。



ロックが苦戦する中
メタルコアといったメタルとハードコアを融合した音楽
(キルスウィッチ・エンゲイジ・アヴェンジド・セヴンフォールド)
エモ・スクリーモといったパンクロック主体のハードロック
(フォールアウトボーイ・マイケミカルロマンス・ユーズド)などが、
主となっています。

KILLSWITCH ENGAGE Starting Over

かっかっちょいい!
俺も宙に浮きながらチューとかしたいっす!

アメリカ合衆国マサチューセッツ州にて結成。
メロディックデスメタルとハードコアの双方から影響を受けた彼らの音楽は
メタルコアと呼ばれています。
ヴォーカルのハワード・ジョーンズ
あれだけのデスヴォイスをしながらサビは美しく歌い上げるという
スタイルは新しいヴォーカルスタイルですね。

日本ではほとんど無名に近い彼らですが
アメリカのヘヴィーメタル界では一人勝ち状態だそうです。

Linkin Park"New Divide"

1996年カリフォルニア州ロサンゼルスにて結成。
2000年前半,
丁度トレンドがラップメタルから
グランジ・オルタナ第二世代に変わる時期にデビューした彼らの音は
その両方の音楽を持ち合わせていたバンドでした。

ラップメタルのようなラップは勿論ありますが、
サビの部分ではチェスターの美しくも激しい歌声が響き
音もヘビー演奏レベルも非常に高い。
現在
エアロスミスやU2、メタリカ、レッチリのような
長年愛され続ける次の世代のビックバンド候補にもっとも近い存在ではないでしょうか?

Breaking Benjamin ”The Diary of Jane ”
1998年ペンシルバニア州にて結成。
と言うことしか、
今の所わかりませんが
アメリカではかなり人気の高いバンドだそうです。
音はクリードやニッケルバックのような2000年代前半のバンドにかなり近いですね。

Fall out boy - I don't care

2001年にイリノイ州シカゴにて結成。
JIMMY EAT WORLDやYELLOWCARDを輩出した
FUELED BY RAMENレーベル出身のエモパンクバンドです。

シングル「Sugar, We're Goin Down(シュガー、ウィアー・ゴーイン・ダウン)」、
「Dance,Dance(ダンス,ダンス)」が連続で全米チャートをかけ上り、
アルバムは300万枚を超えるヒットを記録しています。

ピートのルックスから女性のファンを多く持ったり
ゴシップなど、マーケティングのうまさで成功したとも言われている彼らですが
すでに三枚のアルバムをチャート上位に送り込み、日本でも人気が高いバンドです。

ちなみに、オールアメリカンレジェクトとの来日の際
ちゃっかりライブにいっていた
ゴルゴンゾーラはその音の太さに感動!
やっぱ、ルックスだけじゃアメリカは売れねーでしょ、と思ったそうです。

他にもPARAMORE,BOYS LIKE GIRLSなどの
FUELED BY RAMEN出身バンドは数多く活躍しています。


つづく(ラスト2回!)
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 01:46 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追っていたら・・・その13

2000年〜2005年のロックシーンは?

エンターテイメント性をロックに取り戻し
一斉を風靡したニューメタル・ラップメタルでしたが
残念ながら長くは続きませんでした。

あまりに急速に世界的に広まってしまったため
80年代のLAメタルのように
似たようなバンドが多発し衰退していったのです。

その後
クリード・ニッケルバック・3ドアーズ・ダウン・パドルオブマッドなどの
グランジ・オルタナ第二世代と呼ばれるヘビーロックバンドが
怒涛の勢いで盛り上がりをみせます!

しかし彼らの多くはシアトル出身でも反商業主義でもなく
産業化の様相を呈し、
次第にロックシーンは当初の革新性を失っていきました。

Nickelback "How You Remind Me"2001年「Silver Side Up」収録

この曲は売れた売れた!
1995年年カナダ・バンクーバーにて結成。
9.11のショックで落ち込んでいた
アメリカ国民の耳に飛び込んできたこの「How You Remind Me」は
痛みを共に分かち合いながらポジティヴに生きていくことを訴えかける曲。
この曲でバンドは
瞬く間に全米の心を癒し、一気にスターダムにのし上がっていくこととなります。


Creed - "My Sacrifice" 2001年「Weathered」収録

1995年にフロリダ、タカラシーで結成、
日本ではあまり知られていないバンドですが、
発表した3枚のオリジナルアルバムが
すべてマルチ・プラチナムを売り上げたモンスターバンドです。

このグランジ・オルタナ第二世代バンド達はみんな丸太のように腕が太い!
リンプビズキッドなどがシティー派なら、このクリードや3ドアーズダウン(アメリカ南部出身)は
ローカル派といったところでしょうか?


The Strokes”Last Nite”2001年発売「Is This It」収録
1999年ニューヨークにて結成。
シンプルながら都会的で洗練された曲調が持ち味のガレージロックバンドです。

2000年前半
アメリカではヒップホップやR&Bなどの黒人音楽勢やヘヴィロックが、
セールスを伸ばして隆盛しているなか、
このThe StrokesやThe White Stripesのように
1960年代前半イギリスのロックに影響を受けたバンド達が
数多く現れ、この現象はガレージロック・リバイバルと言われるようになります。

1960年代のガレージロック・ムーブメントや90年代のオルタナティブムーブメントとは異なり、
リバイバルのバンドは基本的にメインストリームを視野に入れた活動がメインであるため、
セールスにも恵まれ
アメリカのみならず、イギリス・オーストラリア・スウェーデンなど全世界に広まり、
その後アークティックモンキーズやカイザーチーフスなどのフォロアーを生み出しました。



The White Stripes ”Seven Nation Army”2003年「ELEPHANT」収録

1997年ミシガン州デトロイトにて結成

サウンドはパンク・ロック、ブルース、
カントリー・ミュージックをベースにした泥臭いガレージロックが特徴。

ライブでは、サポートミュージシャンや打ち込みは一切用いず、
会場の大小に関係なくすべて演奏はジャックとメグの2人だけで演奏するというツワモノ。

当初、二人は兄弟という設定でしたがインターネット上に2人の婚姻届・離婚届が流出し
なんと元夫婦であることが発覚!
二人もこれを認めているようです。

しかしなんで兄弟なんて言っていたかは謎、
しかもバンドで演奏するときは未だに兄弟という設定で振舞っているらしいです。
(わけわからん)


つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その12

1998年〜2000年

反商業主義だったはずのオルタナティブロックが商業的になってしまった
アメリカロック界。

この時期
そこに新たな風が吹きました。
Rage Against The Machineが大成功すると、ラップとメタルを融合させた
音楽性が注目されるようになりました。

それが、ラップメタルです!

しかし、彼らはオルタナを否定しと80年代のような
エンターテイメント性を取り入れたフェスやステージを展開、新たな時代の到来がきたのです。

また、7弦ギター、5弦ベースなどを使い、よりヘビーになった
ニューメタルというロックも台頭、彼らもまたエンターテイメント性を好むバンドたちでした。

Korn Freak on a Leash & Falling Away From Me
1998年「Follow The Leade」収録



まったく、アメリカ人てやつは次から次へとヤバイビデオ作ってくれますね。
1992年
カリフォルニア州ベーカーズフィールドにて結成。

ダークな世界観も特徴的で、
ジョナサンが幼少時に家族や友人に過度の虐待を受けていたこと、
若い頃に葬儀屋の死体防腐処理の仕事をしていたことが影響しています。

学生時代、周囲からゲイやホモと言われ、いじめを受けていた。
過去に牧師から「(君はゲイだから)私の家においで」と誘われ、危うく犯されそうになった。
デビュー当時は吐瀉物を食べる、ほかのメンバーの小便を進んで飲んでいた。
趣味は狩猟とポルノビデオ収集。

など、ボーカルのジョナサンは生い立ち、行動、趣味ともに異常!
この頃のギタリストBrian Phillip "Head" Welchも
突然、牧師になるといって脱退するなど、行動はとてもオルタナチック。

しかし、
「Kornはオルタナとは絶対的に違うスタンスで始めたものなんだ。
オルタナティブ・ムーブメントは、シアトル一派の「有名になりたくない」
アホ症候群の現れだったんだよ。
俺たちがやってることとは全然違うね。
俺たちの場合は商業的な成功が手に入ると、
「ありがとう、どんどん来やがれ!」って感じなんだ。」
ジョナサン談
などとオルタナを否定しています。

limp bizkit-rollin 1999年 「Nookie」収録


1994年フロリダ州ジャクソンビルにて結成。
Kornの弟分的存在なバンドです。
ボーカルのフレットダーストは
元タトゥデザイナーでインタースコープ社の副社長でもあり、
自身のレーベル、フローレス・レコードも経営している。
バンドのビデオの殆どで監督を務めているという器用な実業家。
しかし、
恋人との性行為を納めたビデオが
流出してしまったりとおっちょこちょいな部分も!

「俺たちが積み上げたヘヴィロックの歴史はリンプ・ビズキットが
700万枚売り上げた日に崩れ去った」
Rage Against The Machine/ザック・デ・ラ・ロッチャ談

Kid Rock-Bawitdaba Devil 1998年「Without a Cause」収録


当時、スターへの階段を駆け上がっていた
エミネムと並ぶ白人ラッパーの草分け的存在。

キッドロックがボーカルを務めバックバンド
Twisted Brown Trucker Band(TBT)が演奏しています。
音楽はヒップホップ、ハードロック、カントリーロック、ロックンロールなど多種多様。

で、次はニューメタルから、これ

Marilyn Manson - Rock Is Dead  1998年「Mechanical Animals」収録
ライブパフォーマンスが奇抜で大規模であることからPTAからも監視され、
「世界最大の問題児」と呼ばれることもある、
ロック界最大のエンターテイナー、マリリンマンソン。

少年時代の彼の周りには刺激がいっぱい!
「変態ポルノを見せつけてくる年上の親戚」や、
「彼の服を脱がせて囚人ゲームに興じる隣人」、
「ベトナム戦争中に秘密部隊に属し、無辜の一般市民を多数殺害した父親」、
「地下に自身のアブノーマルなマスターベーション専用の部屋を設けていた祖父」など、
常軌を逸した人間が多く、その影響が音楽に色濃く反映されています。

また、マンソンには常に反キリスト教のイメージが付きまといますが、
これは間違い。
「Disposable Teens」という曲の中で
俺は本当の神を憎んだことは一度もないが、人々が信じる神は大嫌いだ」と歌っています。

このようにエンターテイメント性を強調した
新たなロックの到来とともにオルタナティブロックは徐々に衰退していったのです。

しっかし、オルタナのときは格差社会への反発が主でしたが
Kornのジョナサンといいマリリン・マンソンといい、
この世代の人達の怒りはグロテスクな雰囲気があり本当にエグイ!



つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その11
 1996〜1998年のロックシーン

カートコバーンが死んだあとも
オルタナティブの快進撃は続きます。


Rage Against the Machine
Bulls On Parade 1996年「Evil Empire」収録

説明不要の社会派ミクスチャーバンド!
 
Rage Against the Machine

ギターのトムモレノの父親は、
かつてケニアでイギリスからの独立戦争に参加していた筋金入りの闘士。
 
メンバーの思想的もマルコムX、チェ・ゲバラ、
マーチン・ルーサー・キング・ジュニアなどから
強い影響を受けていることから、
歌詞の多くは急進的左翼思想に裏付けられた政治メッセージが表されており、
またムミア・アブ・ジャマールの釈放を求めるなどの政治活動も積極的に行っていました。
 
まぁ、こんなんなんでFBIのブラックリストに入れられたりと
なにかと危険なバンドとして知られていました。
 
こんなバンドが売れるのもオルタナティブムーブメントならではの現象ですね。
 

TOOLーÆnima 1996発売「Ænima 」収録
実力派集団!
不思議人間Maynard James Keenan がボーカルとして在籍しているTOOL。
プログレ・ハードコア・ヘビーメタルが融合した唯一無二の音楽。

ギターのAdam Jonesはなんと!
TOOLのプロモーションビデオ、アルバムジャケットの
全てを手がけており「TOOLの音楽はアダムの映像世界のサウンドトラック」とも言われています。

俺はとにかく
浦沢直樹の「MONSTAR」読みながら、このアルバム聞くのが大好きなのよ!

他にもAlanis Morissetteが
1996年デビューしています。

とまぁ、ここまではオルタナティブらしいバンドを紹介したのですが、
こうやってオルタナティブバンドが売れてくるとレコード会社も
金脈とばかりその手のバンドを探し出します。

そうすると似たようなばかりでてくる。
で、ブームに便乗しようとして音だけ真似して
大した実力のないバンドまでが売れはじめます。

その代表格バンドがこのBush〜〜〜!
 
Bush - little things ロック至上もっともキャッチーなリフ!
パンキッシュなのに入り混じった動から静への緩急のつけ方が絶妙で思わず踊りたくなる!

この曲って!
 

オーマイガー!!
こりゃー完全にあの曲のパクリじゃないか==!
 
ボーカルのギャヴィンは堂々とニルバーナ好きを公言しています。
(なんだか、モトリークルーに影響を受けたっていう昔のB`zとダブりますな)

フロントマンが色男でライヴ会場では7割を占める10代の女の子。
上半身裸のセクシーな写真が雑誌の表紙を飾るなどアイドル的な売れ方。
 
Nirvanaのデイヴ・グロールは不快感を示すためかBU$Hというシャツを
着るという行動に出たほどでした。

1996年に発売された"Rezorblade Suitcase"では、全米1位を獲得しています。
 
ちなみにギャヴィンの奥さんはNO DOUTのグエンステファニー
(彼女コートニーっぽくも見えなくもないなぁ)

ほかにもオーストラリア出身のシルバーチェアーなど
美形ボーカルを売りにしたバンドがでてきてしまい

もう、こうなると反商業主義を掲げ、個性を売りにしていた
オルタナティブ文化はわけのわからない方向に!
 
ただ、金がなくて着ていたネルシャツも
グランジファッションとして売り出され4万円以上もするものもでてくるほど
 
「Kマートに行けば10ドルかそこらで売っているよ 」
Pearl Jam / エディ・ヴェダー談

こうなってくると、本来のオルタナティブファンはさめていきます。

こうして本格的にグランジ・オルタナティブの牙城は
徐々に崩れていきました。

そして、さらにそれはロック自体が売れなくなってくるという状況に
なって行くことにもつながっていきました。

 
ということで、おひさしぶりのポップスpv

Wannabe- Spice Girls 1997年のヒット曲



ホントはPVにしたかったんですけど、規制が厳しくて・・・。
でも、オルタナはあんまり日本では流行らなかったので
1996〜1998年が
この曲が流行っていた時代、っていったらわかりやすいでしょ?

なんだか、子供がかわいらしいですね。

つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 02:10 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その10
 1994年〜1996年のロックシーン

Nirvana - Heart Shaped Box 1993 「in utero」収録
94年4月、グランジ・オルタナ・ムーブメントのきっかけとなった
Nirvanaのカート・コバーンが自殺。

原因は色々といわれていますが個人的には、
頂点を極め憎っくきメインストリームを還付なきまでに倒した
燃え尽きてしまった感、
そして、そこまでしたのに自分はなりたくもないロックスターにされ
後戻りできない立場になってしまい
自分のしたい生き方をもはや取り戻せないくらいの状況になってしまった
絶望感があったのかなぁ〜と思っています。

80年代からここまでロックシーンを追ってきて
この変わりようはホント、すごいことをやりましたもん、やりすぎなくらいね。

NEVERMIND以降モトリークルーはボーカルのヴィンスニールを解雇。
オルタナ的なボーカル、ジョン・コラビを入れ路線変更をしますが、
昔のファンからは愛想をつかされ、
オルタナ側からしてみれば流行に合わせた偽者呼ばわりされるしまつ。

ガンズアンドローゼスはその攻撃性からNirvanaに同胞意識を感じ、
Soundgarden、Nine Inch Nailsなどに前座を依頼するなど、
グランジオルタナへ理解を示し、
ガンズのツアーのサポートを
ニルヴァーナに頼んだことさえあるのですが
カート・コバーンにこき下ろされたこともあって
単なる商業バンドとされてしまいます。

そのうち、アクセルが今まで以上に手のつけられないほど暴走!
ガンズアンドローゼスはしだいにバラバラになっていきました。

今も商業バンドとされたことを気にしているのか
アクセルはオルタナ系の人々とともにChinese Democracyを作り
昨年、発売しましたが残念ながら
大金を賭けたこの大作は思ったほどのセールスを記録することは出来ませんでした。

Soundgarden - Black Hole Sun 1994年「Superunknown」収録
このPVすきなんでしょね〜〜
カートが自殺する1ヶ月前にリリースしたアルバムの中の一曲です。

80年代からシアトルのアンダーグラウンドをひっぱて来た彼らですが、
急激に売れることはなくじわりじわりと売れつづけ、ついにチャート1位になりました。

よくカートの死後、グランジは死んだといわれますが、
それはまったくのでたらめ!

Pearl Jamが94年12月に発表したVitalogyはチャート1位に Alice In ChainsもセルフタイトルのAlice In Chainsで1位に輝いています。

Smashing Pumpkins - Tonight, Tonight 
95年「Mellon Collie and the Infinite Sadness」 これも涙がちょぎょぎれるほど、好きなビデオ!
95年に二枚組みという商業的には
不利なアルバムをだした彼らですが
常識を覆しチャート1位に!


Nine Inch Nails: March Of The Pigs 「The Downward Spiral」 BR>ナイン・インチ・ネイルズは1988年結成。

天才と称され、のちに「怪物」マリリンマンソンを生み出したトレントレズナーのバンドです。
 チャートは2位を記録。
なんどマイクをほおり投げても
しっかり次のを持ってきてくれるスタッフは偉い!
 
こうして、カートの死後もグランジ・オルタナティブシーンは
盛り上がりを見せていったのでした。
 
つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編(オルタナバンドの憂鬱2)

メジャーレーベルにいったインディーバンドは苦悩します。


どんな会社も売上をあげない社員は要りません。


しかし、それが芸術となると話はややこしくなります。

売れる音楽=いい音楽ではないし、
売るために自分の作品を変えるというのは、芸術家として許せない行為。

しかしメジャーレーベルが求めているのは売れる曲。

実際にオルタナ歌姫といわれている
フィオナ・アップルはアルバムリリースを拒否されたことがあります。
理由は「売れそうにないから」

「(ビデオのアイデアを話すと)
『いいね、それ。ぜひやろう。』って言ってくれるような奴は
全員消えてしまったんだ。
それを経理の奴に話さなくちゃいけなくなったわけ。で話すと
『お前のMTVでの競争相手は、こいつとこいつとこいつだ。
お前のこのビデオはこれだけの制作費をつぎ込んで
ちゃんと元が取れて俺のところに収益がくるんだろうな?』って言われるんだ」
Nine Inch Nails / トレント・レズナー談



さらに、マスコミの餌食にも

カート・コバーンの場合、コートニーと結婚したことでシド&ナンシーっぷりを
大衆受けするように報じられました。
特にヴァニティ・フェア誌の記事がきっかけで、
2人には親権者としての能力がないとされ、子供擁護団体と裁判で戦うハメに!

Alice In Chainsのレイン・ステイリーは普通にバンドを取材しにきた
ローリングストーン誌の記者に、なぜか彼がどれだけドラッグ中毒なのかを、
写真とともに報じられます。

そして、彼等と親しい人間しか知りえない情報も平気で流れるしまつ。

俺たちはモノとして扱われてるんだと気づいた
Pearl Jam / エディ・ヴェダー談

また、
こうしたマスコミが作り上げた人物像と現実の自分とのギャップに苛立ち、
大衆からの過剰な期待にプレッシャーを受けてしまいます。

「この曲で重要と言えるんだろうか?
俺はロックを救わなくちゃならないんだぜ。
なのに、ああ、もう!
そんなの創作意欲をそそらない。」
Nine Inch Nails / トレント・レズナー談

さらにさらにブームになるにつれて
落ちこぼれでも負け犬でもないロックとは無縁な優等生や、
世の中に何の不満もない、流行を追いかけているだけの
アホどもも騒いでしまう。

「3,000人を前にすれば、オルタナティヴに入れ込んでいる
3,000人のために演奏することになる。
ところが30,000人を前にすると、オルタナティヴが好きな3,000人と、
オルタナティヴをテレビ番組でも見るように眺める
27,000人のために演奏することになるんだ。
それに気づいたときは、かなり愕然としたよ」
ビリーコーガン談


このようなことが
今までインディーで好き勝手に
音楽を楽しんでいたバンド達に降りかかってきたのです。

特にデビューアルバムで頂点に立つという急激な成功をおさめ
ヒーローに祭り上げられていた。
あのバンドのフロントマンには耐えられないものでした。

それが、生んだのがご存知のあの悲劇と言われています。


Nivermind正式発売日の1週間前に行われた
インストア・イベントのとき
予想以上に集まったファンを見て彼は言いました。

「なんてこった!」


「このことを境に、おかしなことが起こり始めた。
俺たちは以前のようなバンドではなくなっていた。
カートは閉じこもるようになったし・・・
事態は俺たちの予想をはるかに上回っていたんだよ。」
Nirvana / クリス・ノヴォゼリック談


「カートのことは直接知らなかったんだ。でも
間接的にカートを見ているだけで、
あの辛さはひしひしと伝わってきたよ。
パンク・ロック・ギルトのことは十分理解できたし、
ニルヴァーナのお陰で
俺はそれを打破することができたんだ。」
Queens Of The Stone Age / ジョッシュ・オム談




posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編(オルタナバンドの憂鬱)

90年代に台頭したグランジ・オルタナティブのアーティスト達は
商業的な成功を否定する雰囲気がありました。
また、、当時は「メジャーVSインディ」という構図も存在しました。

たしかに以前記事にした80年代の経済状況の中で
育った90年代のミュージシャン達が
派手で大衆ウケするような音楽を嫌悪するのはわかる気がします。

しかし、ここで疑問。

んじゃぁ、彼らはなぜメジャーレーベルと契約したの?
ずっとインディーにいりゃーいいじゃん!
そうすりゃ商業的成功なんてまずしないわけだしさ!

「Nirvanaのレコードは大好きだけど、
小便臭い態度には耐えられないよ。」
Guns N' Roses / スラッシュ談

でも、ここにはちゃんとした理由がありました。

「メジャーはレコードの流通以外はクソ! 」
カート・コバーン談

当時はインターネットなど普及していない時代。
あのバンドのことは気に入った、でもレコード屋にアルバムが置いていないので
買えないという状況もあったのです。

格差社会の中
インディーレーベルでは資金難が原因でアルバム製作を延びに延ばされるなどが相次ました。

金儲け以前に、ミュージシャンだったらたくさんの人に自分の曲を届けたい思うはず。

「あそこ(インディー)はどいつもこいつも犯罪人って感じで、金は払わないわ、騙されるわ・・・
だからメジャーがそれより悪いものには見えなかったんだよ。
インディは一般的に言って胡散臭くて・・・
メジャーの状況と同じかそれ以下だな、」
Dinosaur Jr / Jマスシス

また、長年インディーにいた
ソニック・ユースはアンダーグラウンド全体の過小評価を上げたいと言う思いから
メジャーに上がりました。

しかし、そうしてメジャーにやってきた彼らに待っていたのは
想像を絶するような苦悩の数々でした。


オルタナバンドの憂鬱その2につづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) |-