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グランジ・オルタナティブロックを追ってみたら・・・

最近、パールジャムにはまり
90年代のオルタナ・グランジシーンを追っていたら
アメリカのロック史が、スゲーおもしろかったので書きます。

で、一応こういうことを書くとハードロックを批判してるとか
逆にオルタナを批判してるとか言う人が
もしかしたらいるかもしれないけど
勿論、そんなことはないことを先に言っときますね♪



さて、まずコトの始まりは81年に開局したMTVでした。

MTVの影響で、音楽番組はあったとはいえ
それまでラジオからヒット曲が数多くでていたアメリカの音楽シーンは
一気に変化していったのです。

人々は音だけでなく映像を見ながら音楽を聴くということに夢中になりました!
しかし、そうなると音楽だけでなく外見も重要になってくる。
楽しみが増えた分
ルックスや派手なパフォーマンスさえあればスターになるのも夢ではない
時代がやってきてしまったのです。


82年に当時メインストリームで売れていたのは、こんなアーティスト!



いや〜〜〜たまんね〜〜〜!
TOTOですよ!TOTO~~!
ボーカル以外のバンドメンバーも歌がうまいし演奏も上手すぎる!
全員がスタジオミュージシャンと言う凄腕ぞろいのバンドです。
スタジオミュージシャンバンドと言えば
日本では90年代初頭のビーイング系(ワンズとかTボランなど)のアーティストがそうでしたね。

聞きやすく産業ロックと言われたりもしたそうですが
ビーイング系と違ってハードロックだけでなく
プログレッシィブロックやジャズ・フュージョンなんかも
取り入れていて、僕はけして商業的とは言い難いバンドだと思います。
ボーカルのボビー・キーンボーンを筆頭に
お世辞にもカッコイイとはいいがたいルックス。
まだMTVの影響は少なかったようですね。

もう一丁82年メインストリームバンドを!

もう、この曲は誰しもが聴いたことがあるのではないでしょうか?
 Journyのヒット曲「Open Arms 」です。
スティーブぺリーの独特の歌声がカッコイイ!美しい!
彼らもTOTOと同じくかなりの技巧派なのは言うまでもありませんね!

そして彼らの他にもDaryl Hall & John Oatesなどが
チャートをにぎわせていたようです。
つまり、この年のメインストリームのバンドには演奏がうまく
しかもポップでわかりやすい音楽をする技巧派のバンドが多かったと言えるのではないでしょうか?

ちなみにポップス界では
「キングオブポップ!MR MTV」マイケルジャクソンのThrilleが堂々チャートインしています。


さて、変わってアンダーグラウンドシーンですが
70年代後半とも80年代前半とも言われていますが
CMJチャート(カレッジ・ミュージック・ジャーナル)という
全米の個々の大学生によって運営される自主放送局をチャートを集計した
チャート始まりました。

既存のメディアは保守的で新しいものを嫌うが、
商業的な制約のないカレッジ・ステーションをネットワーク化すればそれに対抗できるのではと言う
考えで作られた、いわゆるMTVとは間逆の位置に存在するチャートです。

CMJはヒット・ソングに飽き飽きした若者達はこのネットワークを通じて自分にあった
新しい音楽を探すようになりました。


で、そんなアンダーグランドシーン
その頃に活躍していたバンドがこのBlack Flag です。


・・・・。
journeyの美しい音楽からはかなりかけ離れています、
journeyの時に聞こえていた女性の黄色い声援はまったくなく男ばっか!
オーディエンスと殴り合いしてるしw。

セックスピストルズのアメリカツアー失敗で
アメリカにはパンクは根付かなかったという意見が一般的ですが
この頃、流行に左右されない個性的なバンドがインディーには
数多くいたそうです。

そして、このカルフォルニア出身のバンド
Black Flag はその中でも特に人気がありました。
それまで流動的にボーカルが変わっていたのですが
81年にヘンリーロリンズ(後にロリンズバンドを結成)がボーカルに加わり
その頃パンクではタブーだったブラックサバスやディープパープルのような
ヘヴィーメタルの要素を取り入れ、
速い曲もやりつつ、ヘヴィーで重い曲も演奏するようになったのです。
そして、そのスタイルが受け入れられ彼らは
よりいっそう存在感をましていきました。

しかし、映像からもわかるとおり当時のアンダーグラウンドシーンはかなり過激なもの

「パンク・ロッカーが道を歩いてきたら、不良も、まともな人間も、頭に硬い連中も、
みんな叫びながら逃げ出すっていうくらい怖いもんだったんだ。」
Mudhoney / スティーヴ・ターナー談

なので、彼らが一般的なメインストリームシーンに受け入れられるなんて言うのは
まだまだ考えられない時代だったようです。

もう一丁Black Flag


ある日
彼らがシアトルを訪れた時、それを聴いたハードコアバンドMelvinsが影響をうけ
メタルを取り入れるようになりました。
そして、それを見た他のシアトルのバンド達も積極的にメタルを取り入れるようになり
ハードロック・メタル+パンクと言うグランジの原型が出来上がりつつあったのです。

また、この年は
はるかニューヨークで
後にオルタナティブバンドの代表格となる
Sonic Youthが結成されていました。


つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |-
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