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グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編(スラッシュメタル)

80年代後半、
全米中を暴れまわっていたLAメタル以外に
もう一つ別の種類のメタルシーンも盛り上がりを見せていました。

それがスラッシュメタルです。

裏のメインストリームを引っ張っていた彼らの
音楽性は、ブラックサバスのようなメタルと
パンク・ハードコアを融合したようなものでしたが、
これまで紹介してきたBLACK FLAGに影響されたバンド達ともLAメタルとも違い
知的で複雑な展開やギターソロこそありますが
ギターリフの重さに重点を置き、
演奏技術にもかなり高い技術が要求されるジャンルでした。

のちのニルバーナやサウンドガーデンなども影響されています。

中でもMetallica Megadeth SLAYER Anthraxなどのバンドは
スラッシュ四天王と呼ばれています。

Anthrax 1987年のロンドンでのライブ


Anthrax
四天王の中でも、もっともオルタナよりのバンドで
ニューヨークハードコアの影響を受けたバンドです。

ボーカルのジョーイがアメリカンインディアン出身ということもあり
ファンクやインディアンビートを取り入れ
彼らこそが後のミクスチャーロックの先駆者だと唱える人もいます。

このビデオを見ると
ギタリストのスコット・イアンがヒップホップグループ「パブリックエナミー」のTシャツを着ていることでも
そのことがわかりますね。

Slayer 1986年NY公演



歌詞は、死、自殺、精神異常、死体、サタニズム、連続殺人犯、戦争などといったテーマが多く
アルバムの発売禁止及び延期、訴訟等などを余儀なくされることもあった、
極悪メタルバンドです。

Kerryは、一時MEGADETH加入する為に一時バンドを離れますが
すぐにはSlayerに戻っています。
「MEGADETHは俺の時間を大いに取った」
Kerry談

このことが原因となり両バンドに亀裂が生じ長きにわたり争うこととなります。

MEGADETH 1988年のドイツ公演


美しい金髪、端正な顔立ちとは裏腹にメタル界一素行の悪い男
デイヴ・ムスティーン率いるメガデスの音楽は
デイヴ・ムスティーン自らインテレクチュアル・スラッシュ(知的なスラッシュ)と称し、
戦争の正当性、核戦争、政府、陰謀、環境保護、表現の自由に対する検閲、等々テーマを扱っており他のヘヴィメタルバンドとは一線を画していました。

しかし、このビデオの演奏は圧巻ですね!
まさにインテレクチュアル・スラッシュ!

デイヴ・ムスティーンは初期のメタリカのメンバーでした。

ドラッグ中毒者でメンバーとも殴りあいのケンカまでし
挙句のはてに酔っ払ってベーシストであるロン・マクガヴニーのベースに
大量の酒を流し込むなどし
ロン・マクガヴニーは脱退。

絶えられなくなった他のメンバーはデイブの解雇を決意します。


1983年、デイヴのクビを決定したメタリカは、
後任となるカーク・ハメットの加入が決まっているにも関わらず、
1stのレコーディング先のN.Y.まで呼び付け、そこでクビを宣告、

そこでロサンゼルス行きのバスのチケットを渡たします。
(ちなみに脱退時にジェイムズは涙したと言われている。)

後に、この解雇を「親の死よりつらかった」と語ったムステインは
メタリカを越えるメタル・バンドを作る事を決意!
同じアパートの下の階に住んでいた
デイヴィッド・エレフソンと意気投合し、メガデスを結成します。

しかし、「親の死よりつらかった」と言うメタリカ脱退の出来事を反省することなく
自分がリーダーとなったメガデスでもデイヴは素行の悪さを発揮!

ライブ中、自分の気に入らないプレイをしていたギタリストに唾を吐いたり
気に入らないメンバーはすぐに解雇!

一緒にバンドを結成したデイヴィットにジュニア(ガキ)と言う
あだ名をつけるなどとやりたい放題していました。

のちに日本語ペラペラ外人ギタリスト、
マーティーフリードマンが在籍していたバンドとしても有名ですね。

Metallica 1986年のライブ



いわずと知れたモンスターバンドMetallica 

1990年代の全米アルバム総売り上げ4位のビッグ・バンドで
サウンドガーデンやニルバーナにも影響を与えたバンドでもあります。


結成は81年でインディからのデビューは83年。

デビュー当時は単なるうるさい音楽との批評もありましたが、86年スラッシュメタルが市民権を得るきっかけとなったアルバム"Master Of Puppets"は50万枚以上売り上げます。

しかし、メンバー最年長で脅威の指弾きベーシストであるクリフ・バートンが
ツアーバスの事故で死亡。

ベーシストの交代を余儀なくされてしまいます。

その影響があってなのかなぜか4thのアルバム"...And Justice For All"は
ほとんどベースの聞こえないアルバムになってしまいました。

しかし、そんなアルバム"...And Justice For All"は全米7位を記録。
クリフ・バートンがいなくなった影響からか、
それまで、否定してきたプロモーションビデオを制作、
さらには、LAメタルのようなステージ上での派手なパフォーマンスなども
するようになっていきます。

そんな彼らですが、メタルバンドには珍しく
ネバーマインド前のニルバーナを一押しするなど
グランジ・オルタナティブシーンにも理解のあるバンドでした。

「最近のもので気に入っているのは、シアトルにある”サブポップレーベル”出身のアーティスト。
サウンドガーデン、ニルバーナは大好きだよ、それからTADやMUDHONEYとか」
カークハメット談


つづく

posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 12:45 | comments(0) | trackbacks(0) |-
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