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グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編(90年代パンク)

90年代中期になるとオルタナティブの風を受けて
80年代にBad Religionのメンバーが設立した
Epitaphレーベルを中心に、パンク界も盛り上がりをみせます。

80年代のハードコア衰退後、
Bad Religionがハードコア的なサウンドをよりメロディックに
スピーディーにさせたスタイルを確立。

そのスタイルに影響を受けたバンドたちが次々と現れシーンは勢いを増していきます。

そして、94年グリーンデイが「ドゥーキー」でメジャーデビュー、
同アルバムがロングヒットし、グラミー賞でも数部門にノミネートされ、
「最優秀オルタナティヴ・グループ」を受賞します。


Green Day - Basket Case  1994年「Dooke」収録
1987年カリフォルニア州バークレーにて結成。

パンクをメジャーシーンへと押し上げた重要なバンドと言われる一方、

Sex PistolsやClashから怒りや衝動性を取り払ったような
ポップな音楽性や、商業的な成功がメインストリームでの活動を嫌う
インディ的価値観から、「こんなのはパンクじゃない!」を批判されてしまいます。

「パンクって、最近は全然変わっちゃったよなぁ、
ブラック・フラッグが小さなバンに乗って、
国中這いずり回るように6年間もツアーしてたのとは大違いだ。
グリーン・デイなんか『ウッドストック』だぜ。ダサイっての!」
Mudhoney / スティーヴ・ターナー 談

でも、日本に住んでて当時オルタナの情報が
まったく耳に入ってこなかった俺には革命的でしたよ!
3コードの音楽ってさ、

当時、ハードロックしか知らなくて、
グランジのグの字も知らなかった
ゴルゴンゾーラ少年は
一生懸命練習しても早弾きが弾けず、
「俺はなんてダメ人間なんだ!」と
ギターに挫折しそうになった時、

耳に入ってきた
このBasket Case を聞いて
「へっ、これでいいの?こんなんで曲作って出していいの?
難しいことやってないのに、こんなにカッコイイってどういうこと?」
って感じで、偉いショックを受けたことを今でも覚えています。


このように
グランジ・オルタナって、
歌メロ命の日本人には理解できなかった見たいで
当時はあまり情報なかったんですけど、
スケータームーブメントと一緒に入ってきたパンクは
まさに日本人にも聞きやすいロックとして大流行したのでした。

NoFX - "Stickin' in My Eye" 1994発売「Punk in Drublic 」収録
1982年カルフォルニア州で結成。
メロコアといったらこのバンドでしょ!
いわゆるメロディック・ハードコアの草分け的存在。
ディストーションの聞いたリフに早いリズム、キャッチーなメロディー、
そして、曲が短いのが特徴です。
メンバーのファット・マイクは独自のレーベルである
ファット・レック・コーズを1991年に立ち上げ、
日本人ではあの「Hi-STANDARD」なども在籍していました。

それにしてもFat Mikeのやせていることぉ〜!

この記事を書いていたら、
急に当時友達に借りたバンドが聞きたくなりネットで探してみたんですけど
なかなか見つからない・・・。

たしか、ジャケに「バナナの着ぐるみを着てる人」が写っていたと思うんだけど・・・。
で、曲は速くてポップでわかりやすくて、たぶんカリフォルニアパンク系だと思います。
結局わかりませんでした。
もし、わかった人いたら教えてください。

つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編 女性ロッカーの台頭

グランジ・オルタナティブが
メインストリームを席巻していた頃

活躍していたのは男性だけではありませんでした。

女性達、特にライオットガールと呼ばれる女性中心のバンド達が現れ
シーンをさらに盛り上げて行きます。

80年代、マドンナがMTVを巧みに利用し、次々とイメージを変え、
古い女性概念を壊していきましたが、
彼女達もまた
従来の価値観に逆らい、女性ということに捕らわれず自由気ままに活動する女性達でした。



Babes in Toyland


80年代からインディで活動していた女性バンド
アンダーグラウンドで評価を高め、
グランジ・オルタナティヴの波に乗って92年にメジャーデビュー。

ガールズバンドが攻撃的なパンクで大絶叫!なんて考えられたかった
80年代当時からスクリームしていたツワモノたちです。

何に対して怒りを爆発させていたのかというと、男性優位社会を嫌悪だそう。

Bikini kill - Rebel Girl 1993年発売「Pussy Whipped」収録

90年結成、ライオットガールムーブメントの中心的バンドです。
ストレートなパンクロックに近親相姦や白人男性優位など
男が優位な社会に喧嘩を売る歌詞が特徴。

ダイブやモッシュを嫌い
ライヴの前には男性は後方に行くように指示したり
ライヴが観客のレイプや近親相姦体験を告白する場となったりもしたそうです。

またドラムのトビ・ヴェイルは、同じくオリンピアに住んでいたカート・コバーンと交際していたことがあります。
ニルバーナのSmells Like Teen Spiritは
Teen Spiritとは「10代の魂」ではなく、トビが愛用していた10代向けのデオドラントのこと。


Hole -Violet 1994年発売「Live Through This」収録

89年にLAで結成。
 
さすが!貫禄がすごい!

カート・コバーンとの結婚などにより、
残念ながらバンドの音楽性を正当に評価されなくなってしまった感がありますね。
 この曲の入っている 2ndアルバムは
カートの自殺直前に完成に完成されリリースされたのであまり目立ちませんでした。

L7 Shitlist 1993のライブ
 

85年にLAで結成。
Bad Religionのメンバーが設立したレーベル"Epitaph"の
第一弾バンドとして88年にデビュー。

90年には2ndアルバム"Smell The Magic"をSUB POPからリリース、
92年にイギリスのレーベルからメジャーデビューを飾りました。

キュートなルックスとは裏腹にテレビの生放送で下半身を露出させたり、
ライヴ中にタンポンを引き抜いて観客に投げたりと、過激な行動も魅力。

Liz Phair 6'1 1993年 「Exile in Guyville」収録

あなたを犬のようにファックしたい
あなたのフェラチオ・クイーンになりたい
アソコが真っ青になるまでファックしてあげるわ
 
と言う歌詞で話題になったせいもあって
20万枚以上のセールスを記録、オルタナ・クイーンとして祭り上げられることとなります。

セクシャルな部分ばかりが注目されがちですが、
女性のあるべき姿という価値観に捕われず、
自由に言いたいことを歌にするというスタイル
が本質的な魅力。

彼女はライオットガールやオルタナ一派とくくられるのを嫌い、苦しんだこともあった様子。

インディーを愛し2003年にやっとメジャーデビュー!
しかし、ポップになりすぎてアブリル化したと非難を浴びました。



こうした彼女達の活動は
しだいに支持を広げてゆき、
92年にメインストリームのメディアに取り上げられるまでになりましたが、
残念ながらそれらはライオット・ガールを抑圧するものでした。

女性に対して排他的な男性に対して怒っていたのに、
マスコミは男性嫌悪者、男性排除主義者などと報道し、
世間に本質とはかけ離れた、「ライオットガール=怖い」という
ネガティヴなイメージを植えつけられてしまうのでした。

まったく、いつの時代もマスコミってやつわ・・・。

つづく

posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その9

1992年〜1994年

まずはこのバンド

ドスン!




Nirvana - Smells like teen spirit

ここでや〜〜〜〜と登場です。
81年のMTV開局から11年、
ヘンリーロリンズのBLACK FLAGが暴れまわっていた頃から10年。

ついに、アンダーグラウンドロックが
92年1月にキングオブポップMichael Jacksonを抜いて、チャートで1位になのです。

それでは、各ミュージシャンの喜びの声をどうぞ!
「ニルヴァーナが道を開いてくれたおかげで、
「すべては音楽のために」っていう、従来より理想主義的な考え方を
持ったたくさんのバンドが、人気を得るようになったんだ。」
Tool / メイナード・ジェームズ・キーナン談

過去10年以上の(メジャーから無視され続けてきたパンクの
蓄積が彼らの人気に繋がったんだ。
Theoretical Girls / グレン・ブランカ談

「Nirvanaをはじめとするバンドがそれまでの音楽をぶち壊して、
全く新しい世界を切り開いたんだよ。」
ベック談

Pearl Jam - Even Flow 1991年 TEN収録


ファーストアルバム「TEN]が1993年の年間トップ10に
セカンドアルバム「VS」が同年チャート1位になるなど快進撃を続けます。
エディとカートの似たような生い立ち、チケットマスター闘争、
アンチ商業主義的思想、成功による混乱などなにかとNirvanaと共通点の多いバンドで
Nirvanaと共に世代の代弁者として祭り上げられます。


Alice In Chains -Angrychair 1992年発売「Dirt」収録
SOUND GARDENのクリス・コーネルいわく
「奴らは元はRATT('80年代に活躍したLAメタルバンド,詳しくはその3参照)みたいな
ファッション/音楽性だった」
彼らですがその後ジョジョに個性を発揮、独自の音楽性を追及していき
アルバム「Dart」がロングヒット!
Nirvana,Pearl jam、Soundgardenとともに
四大グランジバンドと称されるようになります。

全員が深刻な麻薬問題を抱えており、(メンバー全員が薬物の使用で逮捕されていたことでも有名)
活動できなかった時期もあったバンドですが、
スラッシュメタル勢とも親交が深くMEGADETH、ANTHRAX、SLAYERともツアーをしています。

少しPOP目のやつを!

The Lemonheads - Into Your Arms 1993年Come on Feel the Lemonheads収録


オルタナティブロック初のアイドル的存在、にして
オルタナティブ至上ダントツのダメ人間、
イヴァン・ダンドゥ率いるThe Lemonheads 。

ボストン出身でTHE REPLACEMENTSやHusker Duにあこがれバンドをはじめた彼ら。

メジャー・デビュー後の92年に発表された
『イッツ・ア・シェイム・アバウト・レイ』がスマッシュ・ヒットを飛ばし、
一躍シーンに名乗りをあげます。
イヴァン・ダンドゥのジュリアナ・ハットフィールド(元ブレイク・ベイビーズ)との
公私にわたる仲(一時期はバンドにも在籍)も話題となりました。


ソングライティングの才能、ルックス、声の良さ、セックスシンボルとしては
十分すぎるほどの資格、このまま彼らが順調に活動を継続できれば、
一躍時代の寵児も夢じゃない!はずだったのですが・・・、

イヴァン・ダンドゥがダメ人間ぶりに呆れたジュリアナ・ハットフィールドに振られ
或いは女性と浮名を流したり、お決まりのドラッグに溺れたり、
はてはオアシスの追っかけをしたりとオチにオチまくります。

でも、知れば知るほど憎めないやつですなんですよ。

つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 13:48 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その8

1990年〜1992年の
アンダーグラウンドシーンは?


SONIC YOUTH - DIRTY BOOTS 1990年発売「GOO」収録

1981年結成から長年インディーで活躍していた
SONIC YOUTHが
ついに満を持してメジャーデビューをします。
メジャーデビューに踏み切った理由は
ずばり「アンダーグラウンド全体の過小評価を上げたい」との思いがあったから

さらにドン!
Red Hot Chili Peppers: Give It Away 1991 「Blood Sugar Sex Magic」収録

彼らの最初の大ヒットアルバム 「Blood Sugar Sex Magic」
が発売されたのはこの年でした。
以後、波乱万丈ながら次々とヒットを飛ばす活躍ぶりは言うまでもないでしょう。

次はシアトルのSUB POPレーベルから
 Tad - Plague Yeares (1991)

巨漢フロントマンのタッド・ドイル率いるTadは88年結成
あのメタリカも注目していたバンドでした。
それにしても
マ〜〜〜小汚い!まさにグランジバンドですね。

男ばかりだったので少しクールダウン

Blake Babies - Out There 1989年発売「Earwig」収録

後にオルタナの純真、といわれることになる
ジュリアナ・ハットフィールドが率いていたバンドです。

安物の青いTシャツにジーンズ
着飾っていない、それが逆にいいのか
顔も別段可愛くないんだけど〜〜ぉ 可愛いんだよなぁ〜〜。
まさに純真!
(あとでレモンヘッズのイヴァン・ダンドゥというダメ人間に汚されるんですけどね〜〜)

REMの確立したカントリーロックにキュートなボーカルが乗っていて
実にかわいらしい!
演奏のチープさもそれにあっていて個人的にも大好きなバンドです。



この90年.91年という年はアンダーグラウンドシーンにとって
とても重要な年でした。

まず1989年にシアトルのインディーレーベル、SUB POPが
自腹を切ってイギリスのジャーナリストを数人シアトルに招待。
メロディ・メーカー誌で「シアトル・ロック・シティ」と題された記事になり、
その結果徐々にシアトルが世界規模で注目を浴びるようになりました。

また、シアトルインディーシーンで
活躍していたSoundgardenが"Badmotorfingerでメジャーデビュー。

さらに90年、Alice In Chainsが"Facelift"をリリースし
150万枚のセールスを記録、シアトル勢として初の大成功を収め
R.E.M.も"Out Of Time"は大ヒットさせます!

また
Jane's Addictionは解散ツアーとして
Lollapaloozaが開催し大成功させています。


そして、91年9月24日に
Nirvanaは「Nevermind」をリリース
初登場は147位でした。

もう!まさに、アンダーグラウンドシーンは噴火寸前!


つづく



posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 22:19 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・その7
 1990年〜1992年のロックシーンはというと?

Guns N' Roses 「You Could Be Mine 」1991年


1991年といえばこれでしょ!
Guns N' Rosesが
『ユーズ・ユア・イリュージョン I』、『ユーズ・ユア・イリュージョン II』を
二枚同時リリース!
アメリカで1位は取れなかったものの
世界中で1位2位を独占!
それにしてものシュワルツネガーのターミネーターなつかし〜〜〜!


1990年 JON BON JOVI 「Blaze Of Glory」
俺が女子だったらほれてるね!
JON BONJOVIがソロを出しこの曲で見事1位を獲得!
当時はCG技術もまだまだだったはずなので、
おそらく本物の崖の上で撮影したのではないでしょうか?
それにしてもワイルド!

Aerosmith-Janie's Got a Gun 1990年 ベテランバンドAerosmithnoのアルバム「pump」がヒット
この曲以外にもヒット曲を連発します。
そういえば最近、この人達見なくなったなぁ

次はポップス界から
Phil Collins 「Another Day In Paradise」1990年



この頃になると、ハードロック勢は化粧を落とし
ワイルドな感じの雰囲気になっていますね、
他にもExtremeが名曲「More Than Words」でヒットを飛ばしたり
Motley CrueもアルバムDr.Feelgoodで1位を獲得。
メタル界ではQueensryche、Metallicaがメガヒットを飛ばしてます。

ポップスでは
ジョジョの奇妙な冒険の議員で登場した
Wilson PhilipsがHold Onでヒット
他にも
Mariah Carey、Madonna、Whitney Houston、Paula Abdulなど
そうそうたるメンバーが並びます。

また、R&B HIP HOP勢も台頭
C&C Music Factory 、 En Vogueがそれぞれ1位を獲得しました。。

つづく

posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 00:49 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追っていたら・・・その6

マンネリ化が進んでいた
メインストリームの裏で
1988年〜1990年のアンダーグラウンドシーンはというと?

Jane's Addiction 1988年のライブ

86年に結成。
LAメタル全盛の中、LAや南カリフォルニアのクラブを中心に活動していた
彼らはメタルとファンクを融合させたようなサウンドを鳴らし
歌詞の内容も、とても知的で既存のメタルとは異なるバンドでした。


Pixies 「Here Comes Your Man」


ブラック・フランシスを中心に86年にボストンで結成され
この89年の「Here Comes Your Man」が収録されているDooltlleで
全英チャート8位、英インディチャートと米CMJチャートで1位を獲得しています。
ノイジーなサウンドとサーフ的なサウンドの融合が融合されたサウンドは
U2のボノ、などの大物たちにも賞賛され
のちのエモバンドはもちろんRadiohead、Nirvanaなども影響を受けたそうです。

この曲はあまりノイジーではないですけど
個人的には一番好きです。

イギリスで売れていたせいか、アンダーグラウンドシーンのバンドなのに
チープながらビデオ映像です。


Dinosaur Jr-"Freak Scene"1988年インディーより発売のBugに収録

83年にマサチューセッツ州で結成された轟音ギターバンド。
ハードコア・パンクに影響されたサウンドを爆音ギターで演奏するが、
メロディはポップ。
Jのやる気を感じさせない無気力な歌声もこのバンドの魅力ですね♪

当時は、Jマスシスのギターがあまりにも爆音だったため、
各地のクラブから出入り禁止になったらしいです。
また、パンクバンドなのに長々とギターソロをすることも彼らの特徴でした。

こ〜〜れは〜〜一応プロモショーンビデオのつもりなのかな?w
でも、見れば見るほど、変に凝っているビデオよりも
当時の空気が伝わってきて僕は好きな映像です。

Mudhoney -「No One Has」1989年のNYライブ

かっかっこいい!!
重いベース、疾走しラストでは不気味な効果音をだすギター、
荒いボーカル!やばすぎます!

このMudhoneyはその4で紹介したGreen River解散のち元メンバーが結成したバンドです。
ヴォーカルのマーク・アームはシアトルでは憧れの存在だったようで、
カート・コバーンも彼を尊敬したよう。(なんとなくカートに似てますよね)

マーク・アームがグランジという言葉を始めて使ったという説もあります。

シアトルでは絶大なる人気を誇っていたのですが
絶大な支持とは裏腹にメジャーレーベルにはあまり興味がなかったようで、SUB POPと友達的なノリで長らく活動していました。

その他にもシアトルではグランジシーンに多大な影響を与えたMelvins。
後にグランジの四大バンドと称されるAlice In Chains・Soundgarden。
ボーカルの野太い低音にアメリカンロックが魅力のScreaming Trees などが
暴れまわっていたのでした。

「80年代のパンクの動きは地味で巨大だった。そこから生まれたのがNirvanaだ」
Theoretical Girls / グレン・ブランカ談

つづく
posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 12:14 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジオルタナティブを追っていたら・・・その5

今度は1988年〜1990年にタイムスリップ!
LAメタルの快進撃は止まりません!!

POISON 「Every Rose Has Its Thorn」1988

初期は化粧をした派手なルックスで注目を浴び
ポップでキャッチーな判りやすいメロディーで
全世界的に成功を収め、2500万枚のCDセールスを記録。
この6枚のシングルEvery Rose Has Its Thornでビルボードの1位獲得しています。
このライブの頃は化粧は控えめになっていますね。

スーパーギタリスト、リッチーコッツェンがいたバンドとしても有名ですが
リッチーはメンバーの恋人を寝取って、喧嘩になりポイズンを解雇されてしまいす。


Motley Crue1989のライブ映像


デビュー以来、ロックシーンを数々のゴシップで騒がせた
「セックス、ドラッグ&ロックンロール」を地で行くバンド!
LAメタルの象徴的バンドとされています。

ベースのニッキーがラットのロビン・クロスビー、
ガンズ・アンド・ローゼスのスラッシュらとの
ドラッグ・パーティーの途中、過剰摂取により心臓が一時停止してしまったり

「ニッキーの代わりにベースを弾いた」と発言する人物も現れ(ニッキーは二人いた事件)
裁判にもなったり(当然バンド側が勝訴)
なにかとシーンを騒がせていたバンドですが
彼らのライフスタイルはやんちゃで、リッチで過激!

そのライフスタイル映像


そして1989年
Guns N' Rosesがついにデビューを果たします!

「Welcome To The Jungle」1989

1985年に結成されたLAを拠点とするバンド。
現在までに全米で4200万枚、全世界で1億枚以上のアルバムセールスを記録しています。

LAメタルらしく派手なファッションやライヴ中の衣装換え、
Aerosmithのような音楽路線、スタジアム級バンドに相応しいパフォーマンスと演出、
男根主義的パーティー思想、ドラッグセックスロックンロールを体現するライフスタイル
(ライブが終わるとバスの中では十代の女の子達とみんなで乱交パーティをしたりも!)。
と、ここまでくると他のバンドと変わらないような気もしますが

しかし、他のバンドと決定的に違うのは
80年代のロックに失われた要素、
「毒、スリル、危険な香り、ヤバさ、緊張感、攻撃性」を持っていたこと。

デビュー時はロックの救世主と評されたりもしました。

ライヴ開始時間の大幅な遅延、
ステージ放棄によって観客が大暴動、数多くの逮捕歴、テレビ出演時に卑猥な言葉を連発、
気に入らないマスコミへの挑発など音楽以外の話題でも注目を浴びたそうです。

こういったことを考えるとなんかオルタナバンドぽいきもしますね。

実際に「このバンドが存在しなければグランジ・オルタナ革命は起こらなかったと」
分析する人もいるそうです。


この時期には
この他、日本ではあまり知られていない
Warrantなども「Heaven」というシングルがヒット!
Bad Englishや
私の大好きなCheap Trickも
売れなくて泣く泣くメジャーレコードの飼い犬となり
他人の書いた曲でヒットを飛ばしていました。(涙)



似たようなバンドが多くなってきたので
お口直しにポップスをアップ!
Martika - Toy Soldiers

特に意味は在りません。
色々探していたら、偶然見つけていい曲だったので。

つづく

posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追ってみたら・・・番外編(スラッシュメタル)

80年代後半、
全米中を暴れまわっていたLAメタル以外に
もう一つ別の種類のメタルシーンも盛り上がりを見せていました。

それがスラッシュメタルです。

裏のメインストリームを引っ張っていた彼らの
音楽性は、ブラックサバスのようなメタルと
パンク・ハードコアを融合したようなものでしたが、
これまで紹介してきたBLACK FLAGに影響されたバンド達ともLAメタルとも違い
知的で複雑な展開やギターソロこそありますが
ギターリフの重さに重点を置き、
演奏技術にもかなり高い技術が要求されるジャンルでした。

のちのニルバーナやサウンドガーデンなども影響されています。

中でもMetallica Megadeth SLAYER Anthraxなどのバンドは
スラッシュ四天王と呼ばれています。

Anthrax 1987年のロンドンでのライブ


Anthrax
四天王の中でも、もっともオルタナよりのバンドで
ニューヨークハードコアの影響を受けたバンドです。

ボーカルのジョーイがアメリカンインディアン出身ということもあり
ファンクやインディアンビートを取り入れ
彼らこそが後のミクスチャーロックの先駆者だと唱える人もいます。

このビデオを見ると
ギタリストのスコット・イアンがヒップホップグループ「パブリックエナミー」のTシャツを着ていることでも
そのことがわかりますね。

Slayer 1986年NY公演



歌詞は、死、自殺、精神異常、死体、サタニズム、連続殺人犯、戦争などといったテーマが多く
アルバムの発売禁止及び延期、訴訟等などを余儀なくされることもあった、
極悪メタルバンドです。

Kerryは、一時MEGADETH加入する為に一時バンドを離れますが
すぐにはSlayerに戻っています。
「MEGADETHは俺の時間を大いに取った」
Kerry談

このことが原因となり両バンドに亀裂が生じ長きにわたり争うこととなります。

MEGADETH 1988年のドイツ公演


美しい金髪、端正な顔立ちとは裏腹にメタル界一素行の悪い男
デイヴ・ムスティーン率いるメガデスの音楽は
デイヴ・ムスティーン自らインテレクチュアル・スラッシュ(知的なスラッシュ)と称し、
戦争の正当性、核戦争、政府、陰謀、環境保護、表現の自由に対する検閲、等々テーマを扱っており他のヘヴィメタルバンドとは一線を画していました。

しかし、このビデオの演奏は圧巻ですね!
まさにインテレクチュアル・スラッシュ!

デイヴ・ムスティーンは初期のメタリカのメンバーでした。

ドラッグ中毒者でメンバーとも殴りあいのケンカまでし
挙句のはてに酔っ払ってベーシストであるロン・マクガヴニーのベースに
大量の酒を流し込むなどし
ロン・マクガヴニーは脱退。

絶えられなくなった他のメンバーはデイブの解雇を決意します。


1983年、デイヴのクビを決定したメタリカは、
後任となるカーク・ハメットの加入が決まっているにも関わらず、
1stのレコーディング先のN.Y.まで呼び付け、そこでクビを宣告、

そこでロサンゼルス行きのバスのチケットを渡たします。
(ちなみに脱退時にジェイムズは涙したと言われている。)

後に、この解雇を「親の死よりつらかった」と語ったムステインは
メタリカを越えるメタル・バンドを作る事を決意!
同じアパートの下の階に住んでいた
デイヴィッド・エレフソンと意気投合し、メガデスを結成します。

しかし、「親の死よりつらかった」と言うメタリカ脱退の出来事を反省することなく
自分がリーダーとなったメガデスでもデイヴは素行の悪さを発揮!

ライブ中、自分の気に入らないプレイをしていたギタリストに唾を吐いたり
気に入らないメンバーはすぐに解雇!

一緒にバンドを結成したデイヴィットにジュニア(ガキ)と言う
あだ名をつけるなどとやりたい放題していました。

のちに日本語ペラペラ外人ギタリスト、
マーティーフリードマンが在籍していたバンドとしても有名ですね。

Metallica 1986年のライブ



いわずと知れたモンスターバンドMetallica 

1990年代の全米アルバム総売り上げ4位のビッグ・バンドで
サウンドガーデンやニルバーナにも影響を与えたバンドでもあります。


結成は81年でインディからのデビューは83年。

デビュー当時は単なるうるさい音楽との批評もありましたが、86年スラッシュメタルが市民権を得るきっかけとなったアルバム"Master Of Puppets"は50万枚以上売り上げます。

しかし、メンバー最年長で脅威の指弾きベーシストであるクリフ・バートンが
ツアーバスの事故で死亡。

ベーシストの交代を余儀なくされてしまいます。

その影響があってなのかなぜか4thのアルバム"...And Justice For All"は
ほとんどベースの聞こえないアルバムになってしまいました。

しかし、そんなアルバム"...And Justice For All"は全米7位を記録。
クリフ・バートンがいなくなった影響からか、
それまで、否定してきたプロモーションビデオを制作、
さらには、LAメタルのようなステージ上での派手なパフォーマンスなども
するようになっていきます。

そんな彼らですが、メタルバンドには珍しく
ネバーマインド前のニルバーナを一押しするなど
グランジ・オルタナティブシーンにも理解のあるバンドでした。

「最近のもので気に入っているのは、シアトルにある”サブポップレーベル”出身のアーティスト。
サウンドガーデン、ニルバーナは大好きだよ、それからTADやMUDHONEYとか」
カークハメット談


つづく

posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 12:45 | comments(0) | trackbacks(0) |-
グランジ・オルタナティブを追っていたら・・・番外編(REMの快挙)
 臨時ニュースをお伝えします!

ジョージア州のフォークロックバンド
REMが インディーレーベルI.R.S.から
1987年発売の「DOCUMENT」で
全米10位!プラチナアルバムを獲得しました!

さらにシングル「The One I Love」はチャートをグイグイをあがり
全米チャート9位まで上昇!

これまでにインディーから5枚のアルバムを出している
彼らですがこれを気にメジャーデビューするそうです。

これまでの彼らの軌跡
  • 1983年『マーマー Murmur』36位、ゴールド(US)
  • 1984年『夢の肖像 Reckoning』27位、ゴールド(US)
  • 1985年『玉手箱 Fables Of The Reconstruction』28位、ゴールド(US)
  • 1986年『ライフズ・リッチ・ページェント Life's Rich Pageant』21位、ゴールド(US)
  • 1987年『ドキュメント Document』10位、プラチナム(US)
  •  

    REM「The One I Love」



    ちなみに音楽の話ではないのですが、
    筆者のゴルゴンゾーラは
    はじめはその3くらいで終わらそうと考えていた
    アメリカロック史の話がここまで長くなるとは思っていなかったそうで
    やめるにやめれ〜なぁ〜〜とぼやいているそうです。

    posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 02:56 | comments(0) | trackbacks(0) |-
    グランジ・オルタナティブを追っていたら・・・番外編(80年代のアメリカ経済)

    なんか、この企画
    長くなりそうなのでカテゴリーに追加して見ました。

    たまに見直して間違っている所とかあったので
    修正し治したりもしています。

    さて、今回は番外編

    ここまで、80年代のアメリカロックシーンを
    追ってみて一番に感じることは
    やはり、華やかさの違い。

    メインストリームはMTV全盛期ということもあり
    魅力的で華やかなビデオ、
    ゴージャスなステージと展開しています。

    一方、アンダーグラウンドシーンはとにかく地味で泥臭い
    この差は一体何?

    ということで今回は

    80年代のアメリカの経済についてお勉強。

    この世代の青春時代だった80年代は、レーガン政権によって景気が回復した時代でした。
    不景気脱出とは聞こえがいいが、レーガンの政策は弱者を切り捨てるもの。


    代表的なのが減税政策は、貧困層ではなく裕福層の減税を実施したこと。
    これにより所得格差は拡大、富める者はますます富み、貧しい者の生活益々苦しくなる一方。


    その結果、貧困層による犯罪が多発、生きていくには闇ビジネスに手を染めるしかない
    ドラッグの流通量も増加し、治安は悪化していきました。


    また、レーガンは「強いアメリカ」を打ち出すために、
    予算の多くを軍事費に割くようになったのですが、
    その代わりに削られたのが社会保障費や教育費

    富裕層と貧困層の教育の格差もどんどん開いていきます。

    さらに
    無過失離婚という制度というものが実施され、
    これにより従来より離婚するのが容易になり離婚する夫婦が急増!

    ちなみにNirvanaのメンバーは3人とも両親が離婚しています。

    まぁそういう時代だったので
    ミュージックシーンにも
    ものすごい格差が生じていたわけです。

    つづく

     

    posted by: ゴルゴンゾーラ | アメリカロック史を追ってみた | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-